2016年08月16日

【天皇メッセージ】「皇室典範」は「象徴天皇」は、どうする?

今月8日に宮内庁が「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」を発表しました。

特定の身分の人にだけ「陛下」という特殊な敬称を付けるのは平等ではないと思いますので、ここでは役割としては「天皇」、現在天皇である人物については「平成天皇」と書く事にします。
「大正天皇」や「昭和天皇」などという呼び方はその人物が死んでから使うものだと主張している人たちもいるようですが、ここではわかりやすくするために「平成天皇」または「今の天皇」と書きます。

人によっては「明仁」と呼び捨てで呼ぶ人もいます。そう呼ぶべきだとする意見もわからなくはありません。私自身は、「天皇制」という制度には問題があるものの、今の天皇はなかなかの人格者で、もの凄く考えて努力しているんじゃないかと思っていますので、親しみを込めて「明仁さん」と書いてもいいと思いますけど、まあ知り合いでもないですしね。

そして今回の「おことば」は、英語でのタイトルが「Message from His Majesty The Emperor」となっていますので、「天皇メッセージ」または「メッセージ」と表記する事にします。

天皇メッセージは、以下で動画と文章が公開されています。
http://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detail/12

20160808天皇メッセージより

■高齢になったら引退できるように「皇室典範(てんばん)」を改訂したほうがいい

このメッセージの中で平成天皇が主に訴えたかった事は、天皇が年老いて体が動かなくなっても死ぬまで天皇を続けるのではなく、健在なうちに次の天皇に引き継ぐ、いわゆる「生前退位」を認めてほしいという内容だと理解できます。そして今の天皇は、昭和天皇が死んだ時のような大騒ぎで、今後、国民や天皇家に影響が及ぶ事も心配しています。

ただし、天皇は憲法で「国政に関する権能を有しない」とされていますので、平成天皇が直接「こうしてくれ」と言うわけにはいきません。
そこで今回のメッセージでは平成天皇が「個人として、これまでに考えてきた事」や「気持ちをお話し」したわけです。

平成天皇は82歳だそうで、外科手術も二度受けていて、最近では公務でちょっとした間違いをする事もあったとされています。彼は「完璧主義者」と言われていますので、おそらく自分が天皇としての役割を完璧にできなくなっているのに続ける事がイヤで、そして次の天皇になる人がまだ若いうちに引き継がないと、次の天皇にも負担をかけてしまうと案じているのではないかと思います。

天皇の生前退位を認めるためには、皇室に関する法律、つまり「皇室典範」を改訂する必要があります。一部の政治家やマスメディアは、今回の天皇メッセージを理由にして憲法を変えようとしていますが、生前退位を認めるのに必要なのは憲法ではなく皇室典範の改訂だそうです。

20160808天皇メッセージより

■「皇室典範」を変えるならば、女性も天皇になれるようにしたほうがいい

皇室典範を変えるのであれば、ホントは「男だけしか天皇になれない」という決まりも変えたほうが良さそうです。

この時代に男しか天皇になれないというのは、かなり時代遅れな感じです。現実問題として天皇家の中に後を継げる男の子がいなかったので、2005年頃に皇室典範を変えようという動きがありました。

女性天皇を認めようとすると頑固な人たちがかたくなに反対して、なかなか議論が進まず、やがて今の天皇の次男夫婦に男の子が生まれて、皇室典範を変える議論は止まってしまったそうです。今回も女性天皇を認めるかどうかの議論をすると話が進まなくなりそうですので、とりあえずは生前退位を認めるだけの改定にするのがいいかもしれませんね。


■「象徴天皇」は、どうするのか?

さて、今回の天皇メッセージでは、「象徴」や「象徴天皇」という言葉が何度も繰り返して出てきます。

日本が戦争をしていた時代の昭和天皇の息子である今の天皇は、戦後、「象徴天皇」として引継ぎ、「象徴天皇」としての自分の役割をよく考え、本人の言葉を借りれば「人々の傍らに立ち」「その声に耳を傾け」「思いに寄り添うこと」が大切だと考え「全身全霊」でその勤めを果たしてきたと思います。

「天皇制」自体に問題があるという人もいます。私も、現在のシステムでは、今後ろくでもない人物が天皇になってしまう懸念はあると思います。そして、そもそも世襲制度は人間を平等に扱うものではありませんし、天皇制は天皇家の人たちに対しても人権侵害だと感じています。

-----ここから引用-----
「職業選択の自由も無く、世襲で強制的に天皇という地位に就かされた上に、その地位から離脱する自由もなく、死ぬまで公務を全うし続けなければならない」
「天皇家の人々は結婚ですら政府の承認を必要としていて、自分だけの意思で決めることができない。」
-----引用ここまで-----
(「ニュース専門ネット局 ビデオニュース・ドットコム」のサイトより
http://www.videonews.com/marugeki-talk/800/

そして、現在の天皇は立場上、さすがに「天皇制はイヤだ!」と言う事はできません。あくまで、象徴天皇としての自分がなすべき事を考え、「象徴天皇」として完璧に行動する事しかできないのです。

しかし、その「象徴天皇」という仕組みも、あやうい状況にあります。
現在の憲法では「天皇は、日本国の【象徴】であり」となっていますが、自民党の改憲案では「天皇は、日本国の【元首】であり」に変えられています。天皇が元首であるとの規定は明治時代に制定された「大日本帝国憲法」の時代に戻るものです。

今回、平成天皇はメッセージの中で「象徴」や「象徴天皇」という言葉を何度も使う事で、立場上はっきりとは言えないながらも、自分は平和憲法のなかの「象徴」であり、将来の天皇家もそうあり続けてほしいという事を示したかったのではないかと思います。
 

posted by あつこば at 16:41| Comment(1) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月02日

DVD『ニッポン・戦争・私 2015』上映権付き1000円で頒布中!

私もスタッフをしている「ビデオアクト」が昨年企画したオムニバス動画企画『ニッポン・戦争・私 2015』が、上映権付き1000円で頒布中です。
http://www.videoact-shop.com/2016/723

『ニッポン・戦争・私 2015』DVDw500.jpg

この企画と上映会についてはビデオアクトのブログに書きました。
http://videoact.seesaa.net/article/436613845.html

私自身も3分間の動画を作成して参加しましたので、ここでは自分の作品について書いておきます。

ビデオアクトの3分動画オムニバスの企画は、これまでにも何度か行われていて、私は『3.11』の時以外は毎回参加しています。
http://www.videoact-shop.com/?search-class=DB_CustomSearch_Widget-db_customsearch_widget&widget_number=preset-2&cs--0=%E3%83%93%E3%83%87%E3%82%AA%E3%82%A2%E3%82%AF%E3%83%88&search=%E6%A4%9C%E7%B4%A2

「戦争」や「憲法」をテーマにした募集は、すでに何度も行われています。今回の『ニッポン・戦争・私 2015』は、これまであまり表現していなかった「私」について3分間の動画をつくることにしました。

「自分は、なぜ『反戦』なのだろう?」
「自分が、これまでやってきたことは、なんだったんだろう?」
「そして、自分はこれからどうするんだろう?」
などと考える、よい機会になりました。

できあがった作品は、自分のなかでは3分という限られた時間内に凝縮した達成感がありましたが、他の人の視点で観ていただいた場合にどのように感じてもらえるのかは、よくわかりません。

いろいろな理由で、今回の自分の作品は、ネットでは公開しないことにしました。
 
追記:
「2015」を「2016」と間違えて記載していまして、ご指摘をいただき修正しました。
『ニッポン・戦争・私 2015』には、昨年、安保法制に反対する声が大きくなった頃の映像も、たくさん含まれています。
 

posted by あつこば at 17:52| Comment(19) | TrackBack(0) | メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月31日

【静止画】安保法案・国会前 2015.08.30

きのうの国会前での、
『安倍政権は、ただちに退陣』
『いますぐ退陣』
『退陣! 退陣!』
というリズミカルなコールが、脳内でヘビーローテーションしてます(笑)。

動画はこちらです。
「安保法案・国会前 2015.08.30」
http://youtu.be/MxfWG5V7VU0

動画を見づらい方のために、静止画もつくりました。
(クリックすると拡大します。)

プラカードと国会議事堂の間に、マスコミが空撮してるヘリが写ってます。
NO WAR 議事堂 ヘリ

国会前は人でごった返して身動きができない状態になった!
国会前は人でごった返して身動きが取れない状態

さっきまでは無かったのに警察のバスが次々と来て国会議事堂の前は封鎖された。
警察のバスが次々と来て国会議事堂前は封鎖された

安倍政権に対して『退陣!』と叫ぶ人々
安倍内閣に対して「退陣!」と叫ぶ人々

『公明党は絶対平和主義を棄てたのですか?』と問いかけるプラカード
赤・黄・青は創価学会のシンボルカラー
公明党は絶対平和主義を棄てたのですか?

もの凄い数のプラカード群
プラカード群

『打倒! 自民安倍政権』
打倒安倍

野党の代表らが挨拶に来た。
野党の代表らが挨拶に来た

小沢一郎「いままでこういう集会に顔を出した事はほとんどありませんけれど今回だけはなんとしても阻止するために皆さんの前に立ちました」
志位委員長も「ヨシッ」
小沢一郎に志位委員長も「ヨシッ」

少し離れたところに移動したが、そこも人で溢れていた。
少し離れた場所に移動したが、やはり人でいっぱい

『アベ政治を許さない』 『GIVE PEACE A CHANCE』 『9条壊すな!』 離れたところからも、プラカードを掲げ、叫び続けている人たちがいた。
アベ政治を許さない

「私は創価学会二世です!」という人が、シンボルカラーの旗を掲げて、公明党に対して安保法案に反対するように要請する署名を呼び掛けていた。
「私は創価学会二世です!」という人たち
 


posted by あつこば at 13:30| Comment(22) | TrackBack(0) | 自衛隊 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月30日

【動画】・安保法案・国会前 2015.08.30

安保法案に反対する「8・30国会10万人・全国100万人大行動」の「国会正面前」の状況です。
国会前が、こんなに人でいっぱいになっているのを体験したのは初めてです。
身動きできないので、一人ではとても全貌は撮影できません。
帰って今日のうちに編集してアップしようと思ったので、一人で撮って、その日のうちに編集して公開するのは、これが限界でした。
各地で行動していた人や、国会議事堂の近くに行きたいと思ったけど行けなかった人、行かなかったけれど関心がある人に、国会前で起こっていた事の「一部」を見ていただければと思います。

昼前から人がどんどん集まり身動きできない状況になり、警察のバスが突然現れて国会議事堂の前を封鎖しました。
http://youtu.be/MxfWG5V7VU0
移動するのが困難な状況だったのと、本日の早い時間にアップしたかったので、国会議員の話がほとんどで、他の人の話が入っていませんがご容赦ください。
最後に、さらに手前の「国会前」交差点の近くでの創価学会二世の方の話を入れてあります。

撮影・編集:小林アツシ

posted by あつこば at 20:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 自衛隊 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月10日

「セシウムと少女〜ひとだま音頭」知久寿焼 ジンタらムータ 中川樹海 大塚やよい

安倍政権の酷さが多くの人に伝わっているようで、内閣支持率がどんどん下がっています。
辺野古や安保法案については、Twitterや、それをまとめたTogetterで紹介しています。
https://twitter.com/atsukoba
http://togetter.com/li/828788

このブログは2ヶ月ぐらい更新ができずにいましたが、6月に撮影した「ゆんたく高江」の動画が編集・公開されましたので紹介します。

セシウムと少女〜ひとだま音頭
https://www.youtube.com/watch?t=11&v=dC6mB_3DBRI


知久寿焼さんとジンタらムータ、中川樹海さん、大塚やよいさんによるコラボです。
映画『セシウムと少女』の主題歌を、ほぼこのメンバーで録音したのがきっかけだそうです。

「セシウムと少女」は、原発がテーマになっていると思われる歌詞ですが、人間の愚かさや悲しさが、独特のやさしさで表現されている曲で、なかなかの名演だったと思います。この曲って、CD化してないんですかね?

続いて演奏されたのが「ひとだま音頭」。これがまた凄い曲です。

お盆の時期に合わせて「お化けちゃん」や「幽霊サン」に「出ておいで」というのですが、サビの部分の歌詞がさらに凄くて、「カエル」「ミミズ」「オケラ」「もぐら」「ネズミ」「ムカデ」「トカゲ」「ゲジゲシ」と続きます。「カエル」は好きな人も結構いると思うのですが、まあ一般的には忌み嫌われそうな動物ばかりよくもこれだけ並べたもんだ(笑)と感心してしまいます。

同じ部分の2番の歌詞がさらに凄くて「地震」「津波」「雪崩」「竜巻」と天災が陽気なメロディに合わせて並べられていて、なかなかとんでもない世界。
まあ、前述の忌み嫌われそうな動物だって生き物全体の生態系からすれば大事な役割を担っているだろうし、天災も地球の気象の一部。

知久さんの世界観は「たま」の頃から基本的には一貫していると思うけど、それにしてもこれはかなりヤバいぐらい強烈。

リハでカメラテストをしていた僕は、この2曲で完全にやられてしまいました。
本番はお客さんをたくさん入れなきゃならないので撮影場所が極めて狭くなり、なかなか厳しい撮影でしたが、イベントとしても大入りで高江の事に関心がある人が気持ちを新たにできて大成功だったと思いますし、自分で撮影しながら「こんなステキなのを撮れて良かった〜」と思える日でした。
編集してくれた古賀さん、ありがとうごさいました。
この2曲の事を書くだけで長くなっしまいましたが、他の演奏やトークなども以下でご覧いただけます。

「第8回ゆんたく高江」
http://yuntakutakae.blogspot.jp/
 
posted by あつこば at 16:43| Comment(4) | TrackBack(0) | メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月07日

本日! 第8回ゆんたく高江

沖縄の北部にある高江(たかえ)という集落では、米軍のオスプレイが訓練するための施設の建設が強行されています。
この問題を広く知ってもらうために毎年行われている「ゆんたく高江」が、本日、開催されます。

6月7日(日)
新大久保R'sアートコート
12:00開場 12:30開演(19:00終演予定)
入場無料 ※カンパ歓迎

http://yuntakutakae.blogspot.jp/



Live:
知久寿焼
ジンタらムータ
寿[kotobuki]

Song & PERFORMANCE :
SoRA & 大月ひろ美(青年劇場)

Talk:
伊佐育子、儀保昇(沖縄・高江 ヘリパッドいらない住民の会 )

人形劇:
ゆんたく高江シアター 演目「ショウコちゃんのかしこい息子」

版画ワークショップ:
A3BC(反戦・反核・版画コレクティブ )

★フード出店 :
ふろむあーす&カフェオハナ、中野キッチン

★物販コーナー:
高江Tシャツ・手刷りてぬぐい・ステッカー・書籍、
ONE LOVE高江のオリジナルTシャツやてぬぐい・トートバッグを販売。 
映画前売り券や出演ミュージシャンのCD・グッズもこちらで販売します。
冷えたオリオンビールの販売もあり!


★高江のことがよくわかる写真や資料展示、高江クイズやオスプレイ体感タイム、
高江への行き方コーナーなど、見どころもりだくさん!
 
posted by あつこば at 06:11| Comment(26) | TrackBack(0) | 米軍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月27日

辺野古の地元、沖縄・名護市の監督が制作したドキュメンタリー

6月4日のビデオアクト上映会で上映する作品を紹介します。

地元である名護市と沖縄県が反対しているにもかかわらず、現在、米軍基地の建設が強行されている辺野古(へのこ)に関したドキュメンタリーです。

監督の輿石(こしいし)さんと初めて会ったのは2005年で、当時、私はテレビ番組の仕事で辺野古の取材をしていました。辺野古のテント村でいろいろな人に話を聞いているうちに「この人に話を聞いたら面白いと思うよ」と紹介してもらったのが輿石さんでした。

名護市の辺野古とは反対側の市街地にある輿石さんの事務所にうかがって話を聞いたところ、たしかに参考になる話がたくさん聞けました。そして輿石さん自身も映像をつくっていることを知り、DVDを購入して見せていただきましたが、その作品もなかなかオルタナティブで刺激的を受けた作品でした。

そんな縁で、私もスタッフをしているビデオアクト上映会で、輿石さんの新作『泥の花 −名護市民・辺野古の記録−』を6月4日に上映させていただくことになりました。

『泥の花 −名護市民・辺野古の記録−』紹介画像.jpg

昨年から安倍政権による辺野古での米軍基地建設が強行されていますが、この作品ではそれに対する人々の抵抗をはじめ、その背景にある沖縄の歴史のなかでもあまり人々が知らない石油コンビナート建設に反対したエピソードなどが紹介されます。

そして辺野古での基地建設に反対しながらも亡くなってしまった人達への想い、複雑な思いを抱きながらも基地建設反対の意思を固めた経済人、名護市長の稲嶺進さんへのロングインタビューなど、辺野古の問題の本質とはなにかを感じさせる内容です。

上映会当日は、この日のために撮影された輿石監督のメッセージDVDも上映します。

ぜひ、お越しいただければと思います。

http://videoact.seesaa.net/article/417233868.html

■【上映作品】
『泥の花 −名護市民・辺野古の記録−』(2014年/日本/90分)
監督:輿石 正 
主題歌:「泥の花」知念良吉 
制作:じんぶん企画

■日時
2015年6月4日(木)
18時30分/開場 19時/開始
上映後、監督の輿石 正さんからのビデオメッセージ上映有。
終了予定時刻 20時50分

■上映会場
東京ボランティア・市民活動センター(03-3235-1171)
東京・飯田橋セントラルプラザ10階
東京都新宿区神楽河岸1-1
JR中央線・地下鉄飯田橋駅下車 徒歩1分

■参加費:500円(介助者は無料・予約不要)

■問合せ:ビデオアクト上映プロジェクト
Eメール:jyouei@videoact.jp
(電話:045-228-7996 [ローポジション気付] )
 
posted by あつこば at 18:02| Comment(5) | TrackBack(0) | 米軍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月04日

『辺野古移設が原点』などという菅官房長官の発言は、まったくの間違い

翁長沖縄県知事と菅官房長官が、明日、初めて会談することになりました。

官房長官記者会見
菅官房長官は4月2日の記者会見で、
「普天間基地危険除去という、まあ辺野古移設、それが原点でありますから」
と発言しました。
これは「原点」と言った当時のことをよく知らずに事実誤認しているか、もしくは知っているのに誤魔化している発言です。

1996年に普天間基地の「全面返還」が発表されましたが、当時の橋本首相が記者会見で発表したなかに「辺野古」という言葉は一切出てきません。
http://www.kantei.go.jp/jp/hasimotosouri/speech/1996/kisya-0515-1.html

外務省北米局の田中均審議官(当時)によると、普天間基地の代替施設は「ヘリパッドに毛が生えたような小さな施設」が想定されていたそうです。
http://www.47news.jp/47topics/dokohe/6.html
------------------------------------------------------ここから引用
しかしその後、既得権益を死守したい海兵隊や新規工事受注をもくろむ本土のゼネコン、下請けとなる地元業者の利権と思惑が錯綜(さくそう)。「途中から滑走路の距離を長くしようなどと(代替施設構想が)どんどん膨らんでいった」と田中は明かす。
-------------------------------------------------------引用ここまで

また、国土庁の下河辺淳事務次官(当時)は、のちに以下のように話しています。
「滑走路だってあんな長い滑走路はヘリコプターにはまったく必要としなくなっていて、滑走路は40メーターでいいなんていう状態だったわけですよね。」
http://ir.lib.u-ryukyu.ac.jp/bitstream/123456789/11547/2/no4_p154-185.pdf

辺野古空撮

それがいつのまにか、辺野古に巨大な新基地を造る話にすり替わったわけです。
候補地が辺野古に決まる前には、「嘉手納弾薬庫内北西部の山林地帯」「中城湾のホワイトビーチ水域」など、他の候補地もあげられていました。

ですから、『「普天間基地危険除去」=「辺野古移設」が原点』という菅官房長官の発言は、まったく間違っています。
 
posted by あつこば at 16:03| Comment(12) | TrackBack(0) | 米軍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月06日

DVD『奇跡の詩』収録曲をはじめ、寿[kotobuki]の動画を公開中!

ミュージシャンの寿[kotobuki]は、今年で結成30周年!
30周年記念のCD『もう愛しかない』が発売されました。
action.php.jpg
このCD『もう愛しかない』は、以下で購入できます。
http://kotobuki-nn.com/sale.php

寿[kotobuki]に頼まれて、DVD『奇跡の詩』収録曲をはじめ数曲をYouTubeで公開しています。
https://www.youtube.com/channel/UC5W_1pf0v6RRTft1yyiRATQ
何曲かを紹介します。

寿[kotobuki]の定番曲「我ったーネット」は、この2008年の演奏が最高に盛り上がりました。
https://www.youtube.com/watch?v=-N1YTawrILw


寿[kotobuki]は、毎年、新大久保のR'sアートコートで「旧正月スペシャルコンサート」を行っています。
寿町フリーコンサートでの縁があって、昨年からこのコンサートも撮影しています。

寿[kotobuki] 『ORION』 2014年2月2日 旧正月スぺシャルコンサートより。ゲストで出演したフラの踊りが素敵です。
https://www.youtube.com/watch?v=HT1yyctEcSY


今年(2015年)も撮影していますので、近いうちに公開できると思います。
ご期待ください〜。
 
posted by あつこば at 11:37| Comment(6) | TrackBack(0) | メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月30日

初めて辺野古にうかがった日から10年

私が初めて沖縄の辺野古にうかがったのは10年前です。

テレビ局の仕事で沖縄に行くディレクターが必要になり、私が反戦運動などの映像をネットで配信していることを知っていた制作会社のプロデューサーが声をかけてくれたからでした。

10日後ぐらいにはテレビ番組で放送しなければならないという、かなり突然の話で、電話が来た2日後ぐらいには那覇に行く飛行機に乗っていました。

『基地はいらない、どこにも』

実は当時、辺野古のことはあまり知りませんでした。市民運動等のメーリングリストでちょっと読んで「なにやら沖縄で座り込みをしている人達がいて、たいへんなことになっているらしい」という程度の認識しかありませんでした。

そして私は、その仕事で沖縄に行くべきかどうか迷いました。

本格的な座り込みが始まってからすでに数ヶ月が経過していました。体の弱いおじいやおばあ達が毎日たいへんな思いをして座り込みをしているらしい。そんなところに「ヤマト(本土)のテレビの取材です」などと、こちらの都合だけで突然押しかけて取材させろなどというのは、どう考えても失礼だろうなと思いました。

かなりためらいましたが、自分が行かなくても他の誰かが代わりに行くわけですし、私以上に事情を知らない他のディレクターが行くよりも、知らないことに少しは後ろめたさを持っている自分が言ったほうがマシかな、と思いました。

次の日の飛行機で行くことに決めて、少し調べてみて「そういえば市民投票があって基地建設反対の結果が出たけど裏切られたということがあったなあ」と思い出した次第です。

翌朝、辺野古のテント村に着いて最初に挨拶した時、ヘリ基地反対協議会の安次富さんから「ヤマトのマスコミは信用してないんだ」と最初に言われました。その言葉を言ってもらったおかげで、少し気が楽になりました。

その日、沖縄には台風が来ていました。沖縄では台風の被害もかなりあるのですが、辺野古のテント村にいた人たちは穏やかでした。台風が来ると那覇防衛施設局(当時)の作業が行われないから、皆さんもテント村でゆっくりできたのです。

「私ができることは、できるだけ皆さん一人一人の話をうがって、少しでもいい番組でできるようにすることです」座り込みをしている人たちにお願いしました。

私がテレビで流せる時間はほんのわずかですから、そんなに多くの人からたくさんの話を聞いても、テレビではほとんど流せません。「テレビカメラの前で話すのは嫌だけどあなたには直接話してあげる」という方からの話も含め、たくさんの人たちの話を聞きました。

そして、それぞれの人が、自分の人生や生活、さまざまな葛藤を抱えながら、あの場にいるということが、よくわかりました。

その時、放送したのはわずか1分半程度で、限られた時間内で自分なりに伝えたつもりではいましたが、あれだけの話を聞いて、知ってしまった者としては、この問題に注目し続けて、もっと伝える責任と義務があると強く思いました。

放送が終わってからも、辺野古のことが気になり続けていたので、現地からの報告やブログをネットで読み、自分でその情報を流すようになりました。

その後、別の番組に企画を出して、2005年にもう少し長い時間の特集を流すことができました。また、『基地はいらない、どこにも』『どうするアンポ』などのDVDもつくりました。

その過程の2006年に、日米両政府は辺野古での米軍基地の完成を「2014年まで」とする合意文書を発表しました。この合意が発表された時、私は「2014年はずいぶん先のことだけど、それまで辺野古のことに注目し続けよう」と思いましたが、少し経ってそれは違うと思い始めました。

仮に2014年に基地ができてしまっても、それでやめてしまってよいわけではなく、問題は続く。そして2014年に基地ができていなかったとしても、それでも、まだまだ問題は続く。

そして2014年、基地はまだできていません。辺野古では今でも、なんとかして基地建設を止めさせたいという人たちが、がんばっています。

私には『基地はいらない、どこにも』以上の映像作品をつくることは、おそらくできないような気がしています。ネットでの情報発信だけは、Twitteを中心にいまでも細々と続けていて、正直、そろそろやめたい気になる時もあるのですが、それでも続けていられるのは、やはり最初に辺野古に行った時に、いろんな人から聞いた想いが心に残り続けているからだと思います。

大浦湾から見た辺野古とキャンプシュワブ
(「辺野古沖案」が2005年に「キャンプシュワブ沿岸案」となり、今後は大浦湾の重要度が増しそうだと思って撮った写真)
 
posted by あつこば at 17:16| Comment(3) | TrackBack(0) | 米軍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする