2009年09月16日

「普天間移設」は、二度もダメ出しをされている

9月21日に『Peace Music Festa! '09 from 宜野湾』
http://peace-music.org/
が行なわれる宜野湾(ぎのわん)市にある普天間基地については、前に書きました。
http://atsukoba.seesaa.net/article/126373072.html

今回は『Peace Music Festa!』の直接のきっかけとなった名護市辺野古(へのこ)での米軍基地建設計画についてもう一度書きます。

henoko_title_320_230.jpg

テレビや新聞などで報道している「普天間移設」「普天間代替施設」、つまり辺野古での米軍基地建設計画については、このブログでなんども書いてきました。
オススメの文章は以下にまとめてあります。
http://atsukoba.seesaa.net/article/70417549.html

今回は辺野古の計画が、二度もダメ出しをされているという点について書いてみます。民主主義の国としては、二度もダメだと言われたのですからこの計画はやってはいけないのです。このことは何度でも言う必要があります。


■一度目のダメ出し……名護市民投票

vote.jpg
(『市民投票報告集『名護市民燃ゆ』より』)

1997年12月21日に地元名護市で市民投票が行なわれました。これについては、
http://atsukoba.seesaa.net/article/40515325.html
に詳しく書いています。

基地建設の計画が浮上してきた時に、賛成か反対かを地元の市民投票で決めたのです。政府や那覇防衛施設局(当時)の工作にもかかわらず、基地建設に反対の票が過半数を取りました。

■二度目のダメだし……辺野古沖案

名護市民投票で「反対」という結果が出たにもかかわらず、日本政府は辺野古沖でサンゴ礁の広がる海に基地を造るという計画を強行しようとしてきました。
henoko_kusatsu.jpg
1999年12月28日には閣議決定までしています。

しかし、数多くの人達が辺野古に集まり、座り込みや阻止行動を連日続けました。多くの人達がさまざまな違いを越えて協力した結果、閣議決定までした辺野古沖案は事実上撤回されました。

これについては政府はなかなか「撤回した」とは認めたがりません。具体的には2005年10月29日、米軍再編のいわゆる中間報告の日米合意文書で、辺野古の浜のすぐ隣にあるキャンプシュワブの沿岸に基地を造ると発表しました。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/hosho/henkaku_saihen.html

その後、米軍再編に関する閣議決定の文章の中で、1999年12月28日の閣議決定について「廃止する」としました。
http://www.mod.go.jp/j/news/2006/05/30.html

辺野古沖案を「廃止」せざるを得なかった理由については、当時の防衛庁副長官が「反対の方々の妨害等もあって」と言っています。(沖縄タイムス、2006年12月14日)


■現在の案は「反対運動をできなくした」

なぜ、現在のキャンプ・シュワブ沿岸案になったのでしょう?

henoko-hensen.jpg
(DVD『基地はいらない、どこにも』より、※右側の図は現在の計画では若干変更になっています。)

辺野古沖案は海の上での計画だったので、非暴力の行動によって撤回に追いやられました。

そこで、日本政府と防衛省は「米軍基地の中から海にはみ出すように造ってしまえば妨害されない」と思ったんですね。

これについては、
沖縄の自民党、西銘恒三郎議員が「反対派も妨害活動が困難だ」(東京新聞、2006年5月31日)、
那覇防衛施設局の佐藤勉局長(当時)が「陸上に近くなれば(立ち入りが)常時制限されている水域であるということも要素の一つ」(沖縄タイムス、2006年2月24日)、
と語っています。

海上阻止行動ができないようにするために現在の案にしたのは汚職で逮捕された防衛省の守屋元事務次官だとされています。
↓ここから引用
--------------
守屋の脳裏に、ある首長が漏らした言葉が浮かんだ。
--中略--------
「反対派も基地の中にまでは入れない」
--------------
↑引用ここまで
(春原 剛『同盟変貌 日米一体化の光と影』より)

ちなみに、キャンプ・シュワブがある場所も、地名としては「辺野古」です。
そしてキャンプ・シュワブ沿岸案などという案は、もともとやってはいけない案でした。それについては以下に書いています。
http://atsukoba.seesaa.net/article/40060271.html


■三度目のダメ出し

これまで書いてきたように、辺野古での基地建設に関しては二度のダメ出しがされています。

一度目のダメ出しをしたのは、市民投票で反対票を投じた地元名護市の人達でした。

そして二度目のダメ出しをしたのは、座り込みや海上阻止行動をしていた多くの市民でした。沖縄の人達をはじめ、全国から来た反戦・平和運動や環境運動をしている人達、そして労働組合などの団体の力と個人の力がまとまったのが大きかったと思います。

三度目は、さらに幅広い人達がダメ出しをする必要があります。
新しい政権になり、世論の力によってアメリカと交渉させて辺野古での基地建設を撤回させる必要があります。
PMF09F.jpg
『Peace Music Festa! '09 from 宜野湾』をはじめ、さまざまな人達がさまざまな取り組みをすることで、これまで以上に幅広い層に訴えることが、三度目のダメ出しにつながります。


posted by あつこば at 06:14| Comment(1) | TrackBack(2) | 米軍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
名護市民が全員反対しようとも、日本という
国家全体の利益=公共の福祉に寄与すると
判断できるならば、米軍基地を移設すれば
いいのです。その判断こそ、中央政府が
責任をもって実施すべき業務です。

地方のエゴに全て付き合う必要はありません。

青い海よりも国民の平和
ジュゴンの保護よりも国民の生存
サンゴ礁よりも国民の生活基盤保護 です

Posted by 通りすがり at 2009年09月17日 00:25
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